草菴(草庵)スタッフ池田の、国宝・松江城を語る~その5

こんにちは!草菴(草庵)スタッフ「池田康弘」です!

出雲神話の語り部ばーずこと、出雲神話検定上級保持者である草菴(草庵)スタッフ池田康弘が、おおくりする、

「松江城を語る」

第4回はご覧いただけましたでしょうか?本日は、第5回目です!

5年にわたる松江城の工事

松江城の縄張り(敷地に縄を張って建物の位置を定めること)をしたのは小瀬甫庵(おぜほあん)です。

松江城工事の過程

  • 1年(1607年) 城下町の道路整備・区画、武家屋敷造成、本丸・二ノ丸の地ならし
  • 2年(1608年) 大橋の改架、本丸・天守の石垣工事、内壕工事
  • 3年(1609年) 天守・二ノ丸坂口・大手口枡形・壕と石垣、三ノ丸・城主御殿の建設
  • 4年(1610年) 天守の竣工、壕と三ノ丸の竣工
  • 5年(1611年) 全ての武家屋敷が竣工、富田城下から松江城下へ移転

武家屋敷

5年にわたる大工事の末、松江城は完成します。
しかし、完成直前、1611年6月に残念ながら堀尾吉晴は69歳で亡くなりました。
わずか5年で完成させたほどですから、数多くの作業員の労力が必要だったことが想像できます。

松江城工事の逸話

堀尾吉晴夫人、大方(おおかた)様は、自らたびたび建設現場に足を運んだといわれています。
作業にあたる人々に励ましの声をかけつつ、にぎり飯を配るなどをしていたそうです。
「たいほう様」とも呼ばれ、敬い親しまれたといわれています。
国主の夫人が直接作業員を励ます、というのはなかなかできることではありませんので、工事が早く進んだ一因になったと思われます。

このような工事の過程で、様々な人々の努力のうえ、出来上がった松江城。

ぜひともご覧いただきたいと思います!

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